先日まで、とある大学生が
ヤンゴンでインターンとして働いていました。
号泣し、離れていった彼から
「僕の事、ブログで書いてくれるんですよね?!」
と、図々しくも言われたので
彼へのメッセージの意味合いも込めて
ブログに残しておきます。
ミャンマー x インターン は いい事だらけ!
号泣し、去っていった大学生
縁があって
比較的近くで彼の活動の様子を
見ていたりしました。
そこそこ、プレッシャーも
与えていたと思います。
結果として
彼は最終日に
文字通りの「号泣」をしたらしい。
めっちゃ格好いい!
泣けるほどに頑張る。
泣けるほどに想いを込める。
そうそう、できることじゃない。
彼の号泣は5年以上振りだとか。
約2ヶ月のミャンマー生活。
必死にもがき苦しんでいた。
はじめのうちは
まだまだ余裕があったけど
どこかの瞬間で
少し切り替わった。
そして、工夫が生まれた。
すごくすごく小さな事だけど
社会人的には当たり前だけど
営業用の資料をつくり
ヒアリングシートを自らつくり
英語のスクリプトをつくり
必死に、必死に取り組んでいた。
成果を出すことに貪欲になり
「時間がないから」と
単独で 外資系企業 に飛び込み
英語で営業を仕掛けていた。
これは、そこらの大学生に
できるようなもんじゃない。
「意味ないんじゃないの?」
と個人的には、思ってたけれど
活動場所をガラッと変えて
ヒアリングに取り組んだりもしていた。
結果として
ハズレに終わった活動もあったかもしれない。
でも、決して ムダだった、とは思わない。
ダメな方法を見つけ出したから、だ。
知恵と工夫と行動の末、1件の成果
ふと、この言葉を思い出した。
一生懸命やれば 知恵が出る
中途半端にやれば 愚痴が出る
いい加減にやれば 言い訳ばかり
彼は一生懸命に取り組んでいた。
はじめのうちは
・担当者がいない。
・日程が合わない。
・相手してくれない。
・商材が、、、
とかとか
愚痴やら言い訳やらが
多かっただろう。
それが
どこかのタイミングで
ちょっとずつ切り替わり
知恵が生まれて
工夫をし出した。
そんな様子を見ていて
自分自身も刺激を受けた。
彼は
一生懸命に取り組んだからこそ
知恵が生まれて
新たな行動に繋がったのだろう。
それが結果として
たった1件だけれど
大きな大きな1件の成果、
すなわち、
成功体験に繋がった
のだと思う。
成功体験があるか、ないか。
この差はとてつもなく大きい。
棚ぼたでも、なんでもいい。
彼の活動が
必死さが成果を生んだ。
※営業の合間にカフェで電話をかける彼。
これだけは、
紛れもない事実なのだ。
一生懸命にもがいて
工夫をして
取り組んだからこそ
成果がやってきたのだ。
それだけは
間違いなく言えることだ。
彼が号泣したのは
必死にやったから。
そして、成果もやってきた。
きっと 5年振りに
必死にもがいたのだろう。
必死にやって
届かなかった悔しさとか
なんとかなった嬉しさとか
支えられた人の絆とか
生まれた成果の存在とか
お世話になった人の存在とか
色んな感情が
ゴッチャゴチャに混ざり
それが変な化学反応を起こして
涙に変わったのだろう。
そんな経験は、なかなかできない。
必死にならなきゃできない。
なんとか なる から する へのシフト
過去に失敗(?)した
就活の中では
きっとその必死さは
なかったのではないだろうか、と思う。
「なんとかなるだろう」
そんな気持ちで
取り組んでいたのではないか、と
思ったりする。
しかし、今回のインターン期間には
必死でもがいて
「なんとかなるだろう」
から
「なんとかしてやる」
に切り替わった瞬間が
どこかにあったのだろう。
だから、泣けたのではないだろうか。
泣けるってのは
素直に、羨ましい事だ。
感動する映画で泣く
なんて事はあるけれど
日常生活を過ごしていても
なかなか泣けない。
号泣なんて、なかなかできない。
号泣できるほどに
自分を追い込み
人と深く関わった。
その経験は必ず
彼の人生のどこかで効いてくるだろう。
就活とか、短期でも効くかもしれないし
もっと長い人生で効いてくるかもしれない。
どうなるか、はわからない。
でも、確実に言えることは
今回のミャンマーでのインターン活動は
彼の人生の中で
大きな大きな船の1度の舵取り(参考ブログ)
として残っていくだろう。
彼から
「僕の事、ブログで書いてくれるんですよね?!」
と、笑顔で言われたので
その図太さに負けて書きました。笑
愛らしい、いいやつでした!
また 日本 “と” ミャンマー で、必ず会いましょ!
やっぱ、ミャンマーでのインターン、最高。
てか、ミャンマー、最高です!
インターンしたい方
遠慮なくご連絡くださいませ!
やっぱ、ミャンマーはいいとこ!
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