否定されることに怯え、ビビる。
これが自分のパターン。
「ビビリ」の心境としては
どうしても一線が越えられず
ビビってしまう。
このパターン、やめようぜ。
守るなよ、攻めようぜ。
っていう自戒の念を込めて。
一線が越えられない
レバレッジ人脈術
を読んでシリーズ。
今回のメモ箇所
・年齢やマインドが近ければ敬語禁止
・雰囲気を固くしたくないので「さん付け」禁止
ここのところ
自分の苦手分野なので
んぐぐ
と思いながら、
歯を食いしばりながら読みました。
この部分は
自分で「会」を主催する時の話。
「会」をやるならば
マインドが近い人を集める。
というか、本田さん的には
マインドが高くないのは人脈ではない
との前提。
で、そうした場においては
場の雰囲気を固くしないために
「さん付け」を禁じるのだという。
確かに
“さん付け” とか “敬語” は
距離が縮まらないのはある。
どうも固い感じになる。
でも、どうしても私は、
敬語を使ってしまう。
敬語を外すのには
結構な時間が掛かってしまう。
その部分が
相手からすれば
心が開かれてないように感じる
とか
どうも距離感を感じる
となっているとは思う。
でも、どうしても
そこの一線を越えるのが苦手だ。
その一線を越えれば
距離がグッと縮まる
そんな可能性についても
なんとなくわかってはいる。
でも、どうも苦手なのだ。
なぜか?
自分が踏み入れられたくないから?
いや、そうではないだろう。
ただビビっているのだ。
何にビビってんの?
人から否定されることを
ただただビビっている。
自分の存在が否定されてるわけでもないのに
「NO」 と言われてしまったら
自分が否定されてるように感じてしまう。
そういう類いの怯えがあるのだ。
そう、私はビビリなのだ。
ずーっと私と同居している
「ビビる自分のパターン」がある。
この一線を越えられれば
素敵なことがあるかもしれない。
その一方で
失敗したら、、、
と、ビビってしまう。
そして、
ビビった末に諦める。
行動をしない。
そういったことがよくある。
色んな言い訳が頭を過る。
・変な風に思われたくない。
・今のままでも別にいいじゃん。
・関係を壊したくない。
(なんか恋愛みたいになったがw)
そういう都合のいい言い訳を
自分に向けて話し
自分を納得させて
あちら側に飛び込もうとしない。
これが自分のパターンだ。
何にビビってんの?
って話だ。
守ってんじゃん。攻めようぜ。
私に対して、色んな人が
・行動力がある
だとか
・リスクを取ってる
だとか言ってくれる。
でも、自分の中では
なんだかんだ言いながら
結局、守ってんじゃん、おれ。
と、思っている。
他の人と一緒はイヤだから
他と違うことしよう、と考えて
なんとか踏み出そうとしてるけど
なんだかんだ、最後は守ってる。
守ってるからビビる。
ここを一歩踏み出す勇気が
なかなか持てないのが自分だ。
ウジウジと悩むのは時間の無駄。
そんなこと、わかってるつもりなのに
いつまでウジウジやってんだろ。
踏み出そう。
あちら側へ。
攻めていこう。
行ってみて失敗したって
命を取られることはないんだ。
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