白川郷で学生さん達と
語り合う中で
何度も口にしていたキーワード
「誤差」
キャリア相談的な話の中で
たくさん登場しました。
自分なりにその言葉を
考えてみます。
誤差やん
「誤差」の使用例から考えてみます。
「そんなん ほぼ誤差やん。」
「誤差の範囲内でしょ。」
ってな感じで使ってました。
学生のみんなは
色々と悩んでいて
ああでもない、こうでもない
と頭で考えている子が多かった。
いや、考えるんも大事やけど
そんなん、考える前に
やってみたらええやん!
誤差やん!
みたいなのが多くて。
連発してました。笑
例えば、ですよ。
私にとって
今となっては
(たぶん行ったことない)
日本の宮崎に住むのも
ヤンゴンに住むのも誤差。
そんな大差ありません。
これ、ヤンゴンのあるお店。
原宿にあるよ!
って言われてもわからないでしょ?笑
いや、確かに違いはあります。
実際、出てきたパンは超薄かったし。笑
(でも、80円だからよし!)
やっぱり、言語は違うし
色々と環境も違います。
でも、今となっては
誤差の範囲内。
ちょっと旅行するにしても
マレーシア行くのと
北海道行くのは
そんな大差ありません。
精神的には。
むしろ
ヤンゴンからだったら
マレーシアの方が近い。
それくらいの感覚。
でも、ここの感覚は
やっぱり人によって違うらしい。笑
当たり前だけど
どうも、結構違うらしい。
「海外行ったことありません。」
って子からしたら
さすがに不安もあるでしょう。
でも、一度経験してしまえば
恐怖は一気に減ります。
とりこし苦労だった、と
気付くことができるでしょう。
何度も経験すれば
それはほぼ日常になります。
そんなもんです。
経験を経れば
そのうち、誤差の範疇になります。
実は、みんな経験してる誤差の範囲拡大
誰でも経験してますよね。
例えば
小学校から中学校にあがったら
通う場所が変わります。
で、はじめは不安。
でも、1ヶ月もすれば
それが日常になります。
これと同じことを
高校でも経験してます。
大学で実家を離れた場合は
住む環境も交通手段も
何もかもガラッと変わります。
でも1ヶ月とか半年とかしたら
順応してるはずです。
そういうもんです。
誤差になってるんですよ、
環境の変化なんて。
人間の順応力すごいんですよ。
これが海外となると
言葉が通じない、とか
ちょっと大変なイメージでしょう。
とはいえ
日本の義務教育は凄いもので
義務教育を受けた多くが、
実は基礎は身についています。
伸びしろはいっぱいあるけど
基礎はちゃんとあるのです。
だから
最低限、生活できるレベルには
英語が使えるものです。
怖さのストッパーさえ外せば
なんとでもなるのです。
表情とかジェスチャーとか
交える事さえできれば
なんとでもなります。
サクッと乗り越えられます。
繰り返しているうちに
誤差の範囲が拡がります。
そういうものです。
だから
海外出たことない人は
まず、出てみてください!
私は
大学4回生の秋、卒業旅行で
はじめて海外へ行きました。
イギリス、フランス、イタリア
3週間の旅でした。
不安でした。
でもなんとかなりました。
それどころか
超楽しい経験ができました。
それから
部活の卒業旅行でグアム行き。
その後は
ずっと海外は行ってなくて
社会人6年目の夏休みに
6年振りに1週間の
インドネシア旅行へ。
ほぼ友人訪問でしたが。
その2年後にミャンマーへ。
それから
あちこちに行きました。
ASEAN 10ヶ国に加えて
インド、ネパール、スリランカ
ブータン、ブラジル、台湾、中国
アブダビ 等
本当にあちこち飛び回りました。
そういった経験をしました。
だからこそ今は
国の差なんて誤差。
そう思えているのです。
恐れて何もしないのは最悪。
だから
海外に出て、生活する
そんな経験をして欲しい。
私はそう思っています。
グッと幅が拡がります。
様々な経験を積んで
誤差の範囲を広げていけば、
人間の幅も広がります。
経験が人間の幅を拡げてくれます。
だからこそ
経験したらいいのです。
痛い経験も
辛い経験も
楽しい経験も
悔しい経験も
幸せな経験も
成功体験も
失敗体験も
全部、全部。
恐れて何もしないのは最悪。
なんの経験もできませんから。
「やってみたら◯◯だった」
終わって振り返ったら
大概、そう言えますから。
だから
なんでもやってみたらいい。
やってみたら
「何を悩んでたんだろ。」
ってなるもんです。
やってしまった後悔は日々小さくなるが、
やらなかった後悔は日々大きくなる
とか
行動した後悔より
行動しなかった後悔の方が深く残る
そんな言葉もある通り。
だから
やって後悔しましょう!
その経験は、間違いなく
価値ある経験となりますから。
今の悩みなんて
だいたい、誤差の範囲内です。
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