さて、昨日 8月2日(日)ヤンゴンにおいて
日本語スピーチコンテストが開催されました。
内容は、その名のとおり
ミャンマーの方が
「日本語でスピーチをする。」
といったものです。
2年連続で参加しての感動。
いやー昨年も参加したんですが
やっぱり感動しましたよ。
詳しくは、追って紹介していきますが
スピーチの内容は、素晴らしい。
というか、
日本語力がすんごい。
だって、
1、母国語でもない日本語
2、スピーチができるレベル
3、しかも内容も感動的。
となっては、もうね、
一言でいえば
すごい!
(私の)語彙力なさ過ぎて
表現がしょぼくて残念ですが。。。
当然、人によっては
言葉はちょっとカタコトだったり
日本語の使い方が若干 間違っていたり
去年の方がレベル高かったかも、とか
粗探しをすれば、できます。
でも、そんなことではなく
率直に
感動した!
っていう感じです。
だって、母国語でもないのに
堂々とみんなの前でスピーチです。
そして内容も感動的でした。
色々考えさせられる事が多かったです。
・大学で日本語を勉強した生徒
・日本語学校で勉強した生徒
・僧院で勉強した生徒
と、色合いも色々。
話の内容を、私なりに
ざっとメモしたものでフォロー。
スピーチの内容(メモ)
わかりにくいものもありますが、
ご容赦ください。
個人的には、これを読み返すと
いろんな想いが湧き上がります。
偶然ながら、優勝者のスピーチの風景です。
1、先生への手紙
両親が離婚
新しいお父さんは働かない
双子が生まれて生活も一変
大学の専攻も変更
結婚もさせられた
男の子が生まれた
子供の頃から偉い人になりたかった
会社で日本語通訳を見て、日本語を勉強。
おかげで給料も高くなりました
日本人と話して日本語力もアップ
2、私と 報連相
日本人の上司から報連相がなぜ必要か?
と、聞かれ、去年の冬にはじめて知った
報連相せず、対応していた
報連相のおかげで真面目な社会人に
今後も「なぜ報連相が必要?」と聞かれるのを楽しみに待っています
3、私と タンジェッ
水祭りで水を掛けるのが好き
中学の思い出。友達と行くな、と父から
一日中泣いた。両親の言葉は重い。
水掛だけでなく踊りや寄附
タンジェッのグループがある
軍事政権が試合を禁止していたが最近オープン。
グループに参加した。とても盛り上がった。
気持ちよかった。
女性が活躍できる時代になってきた。
試合を皆が、応援してくれる
タンジェッ 国の発展のためにある
国の発展に寄与したい
国のために役に立つ人になりたいアノーヤタからアウンサンまで成功してきた。
清潔な気持ちでやってきた。怒りや欲望を入れない。
4、なぜ、日本は成功したのか?アジアで成功した国、数えるほど
土地も資源も少ない島国
休暇を取らないと罰金 という会社も
時間を守るのが特徴
新幹線の年間平均遅延時間 36秒
いつも何かをよくしようと考えている
国民はお互いに協力
難しい事に挑戦してきた。グループで。
だからこそ、大きな成功をできた。
まずは私から。意味ないお喋りではなく読書や経済の話を。
ヤホージャパン。
5、世代のギャップ
マンダレー外大 3年。
年齢によって違う考えや思想の違い。
親子、会社、先生と生徒。
親子のギャップ、コミュニケーションが少ない。
どんな事が起きてるか興味がなく
親に無視される。親は管理したい。
勉強だけをせよ、と。
子供の趣味、興味を大事にしない。
親子の間がうまくいくように
IT時代。大人はアイディアを認めない。反発し酒や薬に走る。。
お互いのアイディアを分かち合うべき。実際のトラブルは?
洋服を着たいが、ロンジーを着よ、と。
6、高校生の思い出
ヤンゴン外大 2年。
時が経つと人は変わる。
思い出は心の中に。
高校生の思い出、楽しい事も苦しい事も
自転車で通っていた。
ある日、事故にあった。右腕を骨折。
文字が書けない。大学受験前。
心も折れそうになった。
友達が代わりにノートを書いてくれた。
過去を思う度、事故と友達を思い出す。
困難を乗り越えて大学合格。
自信になっていい思い出。高校から親と離れて生活。
親が近くにいなくて寂しかった。
7、暖かい心で作った両手
ヤンゴン外大 2年生
3ヶ月前、ボランティアに初参加。
ボランティアグループの名前がタイトル
大学生のグループでつくった団体。
自分のお小遣いで寄附。
お寺で無料で教育を提供。小から大まで
おかげで字を読めない人も少ない。
アウンサン将軍もそこで。
あなたのお小遣いの一部を寄附しよう
自然災害にあった人への寄付も。
ボランティアで他の大学の人とも。友達に誘われたから。子供が好き。
8、若者と夢
みな、今より幸せになりたい、と
成功してる人は夢に向けて頑張った
田舎に日本人が来た。通訳を見て憧れた
日本語勉強は大学4年から
はじめて学んだ日、夢に一歩近付いた
自分の夢のために勉強
どうして日本語を?
大学卒業後、留学したい
戻ってきて日本語学校。
ダラダラ生活するんじゃなく目的を
障害もない。頭も柔らかい
失敗しても諦めず目的を諦めず
知識、経験ないが時間はある
あとでやっても遅くない
と思っていたら、すぐ終わる
若者は可能性が大きい
ヤル気が大切。今の夢は?ITプログラマー
日本のどこ?富士山を見たい
9、プラス思考
ヤンゴン外大
出来事、問題に良い点から考える
プラス思考、考えるほど深い
プラス思考は人生に大切、必要
困難や問題にあったらいいように考える
心が穏やかになる。結果もよくなる。
心がよければ、行動もよくなる。
プラス思考は自分だけでなく
周りの人も幸せにする
いいことも悪いこともある。
過度だと、間違うことも。
目的を失わないように。
偏らず、社会に適合させて考える。どんな困難を超えた?大学入学。
英語やりたかったが日本語へ。
ここにも立てた。いいチャンスがある。
10、二番目の家族
マノーラマ僧院。
マノーラマ僧院のこと。エリン クラス
日本語 勉強、人生を変えた。
3年前。ナルトがきっかけで
日本語を勉強したかった。
きっかけがアニメからダメだ、と。
マノーラマは無料と知った。
勉強はじめて変わってきた。
アニメもだいたいわかる。小さい。
今、ここに立って発表できること
3年前は考えられない。
人見知り、人前よりひとりが。
我先に意見をいう人に憧れ。
怖くて何もうまくできなかった。
舞台の上の私は3年前の私ではない。
スピーチコンテストも皆が支えてくれた
先生は親のよう、先輩 後輩は兄弟
もっと暖かい家族になれるようにナルト いいところ、たくさん。笑
子供の時は怖がられてたが困難を超えた
来場者の皆さんも見てくださいエリンクラスの皆様へ
皆が支えてくれた。
私たちはあなたに期待しているよりも信じている。自分自身頑張ってきた事を絶対認める、と。
心から感謝している。
11、人生は挑戦だ
マンダレー外大4年。
挑戦。生まれてずっと。
歩く、泣く、大学、すべて挑戦。
見ず知らずのことではない。
人生は一人の旅、と考えている。
時々、選択を誤る事も。
うまくいかないからこそ人生。
14歳で自転車を練習。
なかなか乗れず、二度とやらない、と。
父は叱らず、頑張れ、と。
失敗は終わりじゃない。諦めが終わり。
父の言葉を聞けず、バイクを諦めた。高校3年の成績で言葉の意味がわかった
高校留年したくなくて勉強を我慢して頑張った。2科目 優秀な成績も。
人生には挑戦が待っている。
たくさん挑戦してみてください。大学卒業したら、日本語の仕事に挑戦
日本語勉強のきっかけは?
漫画やアニメ。
12、私の一番好きな日本の映画
VACの子?
日本の映画、ドラマ。
日本語 勉強する前 まったく興味なし
リスニング練習で映画を観た
今は、週1で見ている。
1リットルの涙、キムタク
アテンションプリーズ
CAの映画。上戸彩。
CAとは何か、を考え、美しさと強さ。
サービスだけでなく
整備士の仕事も見た。
お辞儀には3種。
CAは階段利用。
服のサイズ変更NG。航空会社の理解もあり。
13、未来を背負うもの
欠席
14、消えた笑い声
30年前に生まれた。家にテレビ1台。
放送局 1つ、チャンネル1つ。
4時からテレビはじまると家族が集まる。
泣いて、笑われ、面白いのを見て笑い
停電も多い。
面白い前に停電で悲しい。
今は放送局4つ。チャンネル200。
サッカー好きの兄。
韓国ドラマ好きの妹。テレビの取り合いで喧嘩。
ひとつ屋根の下でも遠く感じる。
私のように感じる人も。
テレビ、ない方がいいと思ったことも。
消えた笑い声を取り戻したい。
どうしたらいいでしょうか?テレビについての問題。家族で集まる時間はどんな時にありますか?
映画を観る時は家族と集まる。日本のテレビも放映。見たことは?
15、メディテーション
マンダレーヒトセンター
5年前に瞑想に出会った。
子供向けメディテーションボランティア中
瞑想してますか?身体をまっすぐに
呼吸に集中、心が落ち着く
瞑想はストレスを減らす
心と身体を元気にしてくれる
集中力も増す
前は親に反発したり喧嘩したり
家出したり、落ち着かなかった
瞑想の本を読んできょうみをもち
10日ほどで落ち着いてきた。
心も穏やかに、身体も健康に。伝えたい、と感じてボランティアを
成績があがったり
ダライ・ラマは8歳から瞑想すれば
世界中から戦争がなくなるだろう、と。
自分がいい人に変われば、周りも変わる
疑問ばかり持たず
まずは瞑想を。
周りのためにも世界の人のためにも瞑想
世界を変えたいなら、まずは自分を
朝と夜に瞑想を
子供達や周囲に伝えていく
ストレスの多い日本の人たちにも
瞑想を伝えたいなぜ日本語?
子供の時から漫画で興味を。
今は瞑想を広めるためにストレス多い。自殺が多い、と。
会場には、席が350席程度。
で、ほぼ空きがない状況でした。
およそ95%が埋まっており、
計算上は 300名超がいた計算。
そういった意味では、本当に
盛り上がったかと。
ちなみに、優勝者は
1位 10番、2位 12番、3位 6番
敢闘賞 2番(同率 8番、候補者 14番)
個人的には、14番が好きでした。
感じたこと
日本語を勉強している人が
これだけいる、というのは
嬉しく感じました。
おおよそ300人会場にいましたが
日本語スピーチなので
おそらく多くの方が日本語を
多少は理解しているはず。
まぁ私の隣の男の子は
「日本語勉強して5日間。」
と、いってましたが。笑
でも、その知人は
「2年勉強している。」
と、話していたり、と
嬉しさを感じました。
この日本語学習者のためにも
日本企業がミャンマーでドンドン
ビジネスを進めていって欲しい、と
そう感じました。
そのために、私も頑張らねば、と。
そして、感じたのは
スピーチコンテスト出場者の
全員が女性
という事実。笑
男性、頑張れ!
私も頑張ろ。