ミャンマー初代首相 ウー・ヌ(日本でいう伊藤博文)の博物館に行ったら、そのお孫さんとサクッと友達になって帰ってきた件w


ビルマ初代首相 ウー・ヌ氏の博物館へ。

博物館とはいえ、ほぼ ただの家。。

だが、さすが初代首相だけあって

写真がすごい。歴史がとんでもない。

そこをずーっと案内してくれたのは

実は、ウー・ヌ氏の孫だった。

最後に、彼と ミャンマーらしく

Facebook と 電話番号 を交換w

初代首相の孫簡単に友達になるミャンマーw

ビルマ初代首相 ウー・ヌ氏 は 日本でいう 伊藤博文。

6日にヤンゴンに父と戻った。

※父は観光で初ミャンマー!

ここ数日は

父の観光案内のお供です。

朝は東京珈琲で打ち合わせ。

完全に 父は放置w

(ミャンマーの予習してました。)

ランチは芳賀家と

シャンヨーヤへ。

その道中に

国立博物館前を通って

「本日 休館」と書かれて

気付きました。

「あ、今日 祝日やん。」

祝日休みの場所を調べると、、、

国立博物館 休み

宝石博物館 休み

ボージョーアウンサンマーケット 休み

しかも

ほとんどは 月曜も休み。

てことで

今日行けるのは、、、

と、地球の歩き方を開く。

ウー・ヌ 博物館。

聞き慣れない方がほとんど、かと。

どうも開館は 2018年 5月 25日。

超 新しい博物館なのだ。

※ウー・ヌ氏の誕生日が 5月 25日。

ウー・ヌ氏は、41歳の若さで

ビルマ初代首相(ミャンマーの旧名称)になり

その後、第3代、第5代も首相を歴任。

おおよそ 1948年〜1962年まで

およそ 14年間にわたって

間を挟みながらも、トップに居続けた。

色々と 言われる事もあるが

なんせ初代首相である。

しかも 41歳の若さ。

これ、日本でいえば

伊藤博文 的な存在だ。

さすがに日本人であれば

ほとんどすべての人が

その名前は知っているだろう。

チラッと調べたら

伊藤博文は

1885年に 44歳で

初代 内閣総理大臣になり

その後、入れ替えを経験しつつ

5代、7代、10代 と

合計で4回総理大臣になっており

1901年に引退している。

およそ 16年間 国政の中心に

いたことになる。

なんだか

ウー・ヌ氏との共通点が多い。

・若くして初代首相を務め

・何度も首相を歴任し

・15年近く トップで居続けた

昔の政治ってのは

だいたいそういうもの

だったんでしょうか、、、?

もとに戻しますが

ミャンマーの 伊藤博文 的な存在

ウー・ヌ氏である。

そのウー・ヌ氏の博物館がある

「地球の歩き方」に記載があった。

他の施設は祝日休み、と記載されているが

「祝日休み」の記載がなかったので

電話したところ「おいで」と言われたので

行ってみたわけだ。

いざ、ウー・ヌ博物館へ

サヤサン通りの、カントンパラダイスの

前くらいにある道をちょっと入る。

そこに看板があった。

C IMG 20190106 142200

で、しばし 前に進む。

さぞかし立派な家なのだろう

と、思いながら進むも見つからない。

改めて住所を見直し「42」を探す。

で、見つけたので

奥の方に進んでみると、、、

あった。

てか普通の家っぽい。

C IMG 20190106 142758

周囲は豪邸だらけなのに、、、

で、声を掛けたら出てきてくれた。

そこから案内開始!

入った瞬間に部屋中に飾られた写真が目立つ。

昭和天皇との写真(写真撮り忘れた。。)

アイゼンハウアー(当時 米大統領)との写真

C IMG 20190106 143055

ガンジーを訪問した時の写真

C IMG 20190106 160022

などなど。

本当にたくさんの写真が飾られている。

ミャンマー建国の父

アウンサン将軍(アウン・サン・スー・チー国家顧問の父)とも。

C IMG 20190106 143426

ここで、写真を見ながら

改めて

国のトップってのはそういうものだよな。

なんてことを感じた。

あまりにも普通の家だったのだが

「ウー・ヌ氏は、この家で生命を引き取った」

との説明を受け、感慨深いものがあった。

ひとしきり写真を眺めた後、

通路を通り、また別の部屋へと移動。

その通路には、鄧小平氏との写真が幾つか。

当時から中国との繋がりも強かったらしい。

こちらの旗が

ウー・ヌ氏が就任時の ビルマの国旗。

C IMG 20190106 153329

見せられた こちらの絵は

刺繍で描かれている。

C IMG 20190106 144345

中国の有名な 刺繍士の作品で

ミャンマーでは 4人だけ

この刺繍士により作品化されているとか。

その4人が

・ウー・ヌ氏

・ウー・ヌ氏の妻

・アウンサン将軍

・もうひとり誰か(すみません。。)

なんだか

やっぱりすごい人なのだ。

ウー・ヌ氏のすごさ

で、地味に驚いたのはこれ。

ウー・ヌ氏は

かなり多くの本を書いているらしいが

翻訳もしている。

で、その一冊がこちら

デール・カーネギー

「How to win friends & influence people」

C IMG 20190106 144116

カーネギーの書籍を

1954年に翻訳していたらしい。

ちなみに、原著は 1937年に発売され

日本でも 1937年に翻訳され発売されている。

日本語の題名は「人を動かす」

今でも、非常に高い評価で

聞いたことある人、読んだ事ある人も

比較的 多いのではないだろうか?

日本では

「社会人になったらこれだけは読め」

的な本になっている。

で、この本を

ミャンマー語化したのがウー・ヌ氏

だという。

しかも、この本は 大学のカリキュラムに

組み込まれた、とも。(真否は不明。。)

なんとも、すごい。

個人的には、かなり感銘を受けたエピソードだ。

そして、さらに驚いたのが

ミャンマーが誇る国際的有名人との交友関係。

その交友があった方の名前は、ウータント氏。

1961年に 第3代 国連事務総長 に就任。

アジア初の国連事務総長がミャンマー人。

で、この ウー・タント氏。

ウー・ヌ氏の秘書を務めていたのだ。

1955年頃にアメリカを訪問した時の

写真なんかを見せてもらったが

しっかりと ウータント氏とウー・ヌ氏が

同じ写真におさまっていた。

ウータント氏を見出した、とも

言えるかもしれない。

そして、真偽の程は定かではないが

現在 揉めてる米中関係にも関連していた、とか。

当時、アメリカと中国の和解に尽力し

中国の国連加盟を推し進めたのが

ウー・ヌ氏だとか。(真偽不明)

ちなみに

ヤンゴン在住者にわかりやすく伝えると

カバエーパゴダ を 寄付したのも

ウー・ヌ氏である。

にしても、すごい方だ。

なんせ

日本でいう 伊藤博文 なのだから。

最後は、ミャンマーらしくw

で、この間

ずーっと案内してくれた

ミョータントゥン氏なのだが

聞き間違いでなければ

ウー・ヌ氏の孫にあたる。

びっくりして聞き直したが

どうも間違いないらしい。

え、すご!

初代首相 の 孫 に

ずーっと案内してもらってた、とか

なんか すごすぎるんですけど。

で、彼の娘さんは

YUFLの日本語学科に入学し

日本語を勉強しはじめたらしい。

(2018年 12月入学!)

とかとか

軽く、色んな話を

英語・ミャンマー語を織り交ぜ

トークしていたら

「facebookは?電話番号は?」

みたいな

ミャンマーあるある の展開にw

で、その場で友達に。笑

てことで

ミャンマー初代首相 ウー・ヌ 博物館を訪問したら

ウー・ヌ氏の孫と友達になりました。

なんか、すごい展開でした。笑

せっかくなのでどっかで

また遊びに行こうと思います!

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