学生運動の象徴「東大安田講堂事件」の背景にあったのは「社会を変えたい想い」と「気分(≒こじらせ)」


「こじらせてしまった」

I had aggravated a simple matter.

そんな経験がない、という方は相当少ないかと。

シンプルなものだったのに気付いたら

引き際がわからなくなって、、、的な。

あの東大安田講堂事件もどうやら

「こじらせてしまった」側面があったらしい。

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東大安田講堂事件に学ぶ

「アナザーストーリーズ」という

NHKで放映されていた番組を

父親が録画してたので見てみました。

色々と心が揺さぶられました。

「東大安田講堂〜学生たち 47年目の告白〜」

http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3444/1453030/index.html

IMG 7010

再放送が2016年7月19日(火)23:45 からあるようです!

「東大安田講堂事件」

この名前をご存知でしょうか?

聞いた事はあったけど、詳細は知らない。

私はそんな立場の人間でした。

「学生運動の象徴」ともいえる事件。

1969年1月18〜19日にかけて

警視庁が機動隊を動員し

封鎖解除を行った事件だという。

立てこもってた学生を追い出す。

一見、正当行為のように感じるが

なぜ「事件」と呼ばれるのか?

私は、そんなところから見てました。

キーワードは

日本国憲法 第23条「学問の自由」

詳しくはwikipedia に譲ります。

そんな学生と大学・社会との闘いについて

描かれた番組の中で心に残った言葉が2つ。

1、社会を変える

2、気分

順番に紹介していきます。

1、社会を変える

占拠しながら、学生達は

自分たちの事、社会の事を考え

どうすれば社会が変えられるか

意見を交わし合っていた。

世界中で起きる学生運動を

横目に見ながら

自分自身も問いと向き合っていた。

ベトナム戦争に反対することで

アメリカを止めようと動いた学生のように

自分たちに出来る事は何だろう?

真剣に向き合っていた。

そんな話を聞く中で頭に疑問が浮かんだ。

我々の世代でそんな経験をした人は

いったいどれくらいいるだろうか?

真剣に

・社会を変える だとか

・世界を変える だとか

・日本を変える だとか

そうしたテーマと

真剣に向き合っている人、

向き合った事がある人は

どれくらいいるのだろうか?

友人と意見を交わし合った経験のある人は

いったいどれくらいいるのだろうか?

今の時代には自分の意見を貫くため

占拠した経験のある人なんて

まず持っていないだろう。

奇しくも先日、参議院選挙があり

今は都知事選に向けて政治が賑わしい。

また直近では南沙諸島の問題に対して

中国に対して国際社会から NO の答えも出た。

こうした諸問題はすぐ傍にありながらも

真剣に向き合う事はほぼない。

外側の、自分とは関係ないこと。

として

「眺めているだけ」である。

当事者意識は一切 持てていない。

自分1人動いたところで、何も変わらない。

と、そんな感じだ。

少なくとも私はそうだ。

語り合うのは嫌いじゃないけど

意見がぶつかり合うのは好きじゃない。

で、結局 諦めるようにして

逃げるようにして議論をやめてしまう。

それが自分のパターンだ。

なんだかそんな自分に虚しさを感じた。

「エネルギーのぶつけ先」

そんな言葉を自分の中では

意識をして使っているのだが

「エネルギーのぶつけ方」すら

忘れてしまっているんじゃないか?

と、思ってしまうくらいに

虚しい時間を過ごしてしまう日もある。

そんな事を考えさせられた。

占拠せよ、とか言いたいわけじゃない。

選挙の出馬側に回れ、とかいうわけでもない。

議論をぶつけ合え、とかいうわけでもない。

東大安田講堂事件 が 社会を変えたのか?

といえば、それはわからない。

ただ人の記憶には強く残っている。

633人の検挙者が出たそうだが、

1人1人が集まって633人になったのだ。

当たり前だが、1人いなければ632人だし。

600人いなければ、33人なわけだ。

1人の価値は大きい。

そう考えてみると

自分に出来ることは必ずあるのだ。

世界を変える、社会を変える。

そういう場所に今一度立ってみたら

何か違う世界が見えてくるような

そんな気がしている。

2、気分

事件の半年以上前に、

当時の学長との話し合いが

東大安田講堂で行われた。

その途中で、学長は「体調不良」を理由に

話し合いの場を離れた。

「では、戻るまで待とう」と。

自然な流れで待つ事になり

そこから占拠がはじまったのだとか。

はじまりはそんな小さな事で

ただ大学側に謝って欲しかったのだ。

よって占拠中も、講堂内は

随分 楽しい時間だったようだ。

殺伐とした感じではなく

むしろ一種のお祭りのような

そんな感じだったそうだ。

芝生にテントを張り、ライブをしたり

映画鑑賞会を行ったりしていたようで

本当に楽しそうだ。

タイのデモの時の様子が頭によぎった。

闘い というより一種のお祭りのような感じで

そのイメージに近い気がした。

突然、大学側との話し合いもないまま

一方的に手紙が届けられ、

学生達はその事にさらに腹を立てる。

この頃には

「もう気分的に、引けなくなっていた。」

のだという。

その言葉がかなり本質的な部分に

迫った言葉だと感じた。

学生達もまさかあの事件に行き着くとは

当初、予想さえしていなかっただろう。

もっと間には深いモノがあるだろうが

ざっくり流れをまとめてみると。

・自然な流れで占拠をはじめた。

 はじめはお祭り気分

・時が経つにつれ、引けなくなった。

(引き際って難しいですもん。)

・大学側の対応に苛立ちを覚え、

 さらに引けなくなってしまった。

・最終的には、引き際もわからなくなり

 こじれ機動隊との闘いになった。

「こじらす」ってよくあるやつ。

はじめは小さな火種。

それをちょっと気分だとか

プライドだとかで維持を張り

お互い気まずいまま時が経つ。

なんとなく引きずったままで

解決の糸口が見えなくなり、、、

どツボにハマる。

なんてこと、ありがち。

私も何度も経験してます。

よくあるのは 彼氏・彼女との喧嘩とか。

お互い「ごめん」が言い出せずに

自然消滅に至る、的な。苦笑

元●●とか 随分 こじらせたり。

小学校の同級生もこじらせたまま。

なんだか色々とある。

まぁ今は繋がりもないわけで

手放すって決めて、手放せばいい。

ただそれだけ。

こじらせてることがあれば

・ちゃんと向き合うのか

・手放すのか

だけでも決めて

今に向き合っていけばいい。

いつまでも過去の事を

ウジウジ言ってても仕方ないからね。

とはいえ、簡単ではない。

費やした時間(サンクコスト)とかあるし。

でもやっぱり

引き際も決めておかないといかん。

俗にいう「出口戦略」ってやつ。

そんな事を思った次第である。

まとめ

世界を変える、とか、社会を変える、とか

そういう視点から今一度

自分と向き合ってみよう。

もっと高いところから。

そして、いつまでも過去の事を

ウジウジ言ってないで

こじらせてるものは

クリアにした上で次に進もう。

撤退ルールを決めた上で

先に進んでみればいいのだ。

テレビに出ていた47年前の学生の方は

なんだかいい顔をしてた気がするし。

今を精一杯生きよう。

あれこれ言い訳してる暇はない。

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